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五 - 5(1 / 2)

やがて陰士は山の芋の箱を恭(うやうや)しく古毛布(ふるげっと)にくるみ初めた。なにかからげるものはないかとあたりを見廻す。と、幸い主人が寝る時に解(と)きすてた縮緬(ちりめん)の兵古帯(へこおび)がある。陰士は山の芋の箱をこの帯でしっかり括(くく)って、苦もなく背中へしょう。あまり女が好(す)く体裁ではない。それから小供のちゃんちゃんを二枚、主人のめり安(やす)の股引(ももひき)の中へ押し込むと、股のあたりが丸く膨(ふく)れて青大将(あおだいしょう)が蛙(かえる)を飲んだような――あるいは青大将の臨月(りんげつ)と云う方がよく形容し得るかも知れん。とにかく変な恰好(かっこう)になった。嘘だと思うなら試しにやって見るがよろしい。陰士はめり安をぐるぐる首(くび)っ環(たま)へ捲(ま)きつけた。その次はどうするかと思うと主人の紬(つむぎ)の上着を大風呂敷のように拡(ひろ)げてこれに細君の帯と主人の羽織と繻絆(じゅばん)とその他あらゆる雑物(ぞうもつ)を奇麗に畳んでくるみ込む。その熟練と器用なやり口にもちょっと感心した。それから細君の帯上げとしごきとを続(つ)ぎ合わせてこの包みを括(くく)って片手にさげる。まだ頂戴(ちょうだい)するものは無いかなと、あたりを見廻していたが、主人の頭の先に「朝日」の袋があるのを見付けて、ちょっと袂(たもと)へ投げ込む。またその袋の中から一本出してランプに翳(かざ)して火を点(つ)ける。旨(う)まそうに深く吸って吐き出した煙りが、乳色のホヤを繞(めぐ)ってまだ消えぬ間(ま)に、陰士の足音は椽側(えんがわ)を次第に遠のいて聞えなくなった。主人夫婦は依然として熟睡している。人間も存外迂濶(うかつ)なものである。

吾輩はまた暫時(ざんじ)の休養を要する。のべつに喋舌(しゃべ)っていては身体が続かない。ぐっと寝込んで眼が覚(さ)めた時は弥生(やよい)の空が朗らかに晴れ渡って勝手口に主人夫婦が巡査と対談をしている時であった。

「それでは、ここから這入(はい)って寝室の方へ廻ったんですな。あなた方は睡眠中で一向(いっこう)気がつかなかったのですな」

「ええ」と主人は少し極(きま)りがわるそうである。

「それで盗難に罹(かか)ったのは何時(なんじ)頃ですか」と巡査は無理な事を聞く。時間が分るくらいなら何(な)にも盗まれる必要はないのである。それに気が付かぬ主人夫婦はしきりにこの質問に対して相談をしている。

「何時頃かな」

「そうですね」と細君は考える。考えれば分ると思っているらしい。

「あなたは夕(ゆう)べ何時に御休みになったんですか」

「俺の寝たのは御前よりあとだ」

「ええ私(わたく)しの伏せったのは、あなたより前です」

「眼が覚めたのは何時だったかな」

「七時半でしたろう」

「すると盗賊の這入(はい)ったのは、何時頃になるかな」

「なんでも夜なかでしょう」

「夜中(よなか)は分りきっているが、何時頃かと云うんだ」

「たしかなところはよく考えて見ないと分りませんわ」と細君はまだ考えるつもりでいる。巡査はただ形式的に聞いたのであるから、いつ這入ったところが一向(いっこう)痛痒(つうよう)を感じないのである。嘘でも何でも、いい加減な事を答えてくれれば宜(よ)いと思っているのに主人夫婦が要領を得ない問答をしているものだから少々焦(じ)れたくなったと見えて

「それじゃ盗難の時刻は不明なんですな」と云うと、主人は例のごとき調子で

「まあ、そうですな」と答える。巡査は笑いもせずに

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