「じゃあね、明治三十八年何月何日戸締りをして寝たところが盗賊が、どこそこの雨戸を外(はず)してどこそこに忍び込んで品物を何点盗んで行ったから右告訴及(みぎこくそにおよび)候也(そうろうなり)という書面をお出しなさい。届ではない告訴です。名宛(なあて)はない方がいい」
「品物は一々かくんですか」
「ええ羽織何点代価いくらと云う風に表にして出すんです。――いや這入(はい)って見たって仕方がない。盗(と)られたあとなんだから」と平気な事を云って帰って行く。
主人は筆硯(ふですずり)を座敷の真中へ持ち出して、細君を前に呼びつけて「これから盗難告訴をかくから、盗られたものを一々云え。さあ云え」とあたかも喧嘩でもするような口調で云う。
「あら厭(いや)だ、さあ云えだなんて、そんな権柄(けんぺい)ずくで誰が云うもんですか」と細帯を巻き付けたままどっかと腰を据(す)える。
「その風はなんだ、宿場女郎の出来損(できそこな)い見たようだ。なぜ帯をしめて出て来ん」
「これで悪るければ買って下さい。宿場女郎でも何でも盗られりゃ仕方がないじゃありませんか」
「帯までとって行ったのか、苛(ひど)い奴だ。それじゃ帯から書き付けてやろう。帯はどんな帯だ」
「どんな帯って、そんなに何本もあるもんですか、黒繻子(くろじゅす)と縮緬(ちりめん)の腹合せの帯です」
「黒繻子と縮緬の腹合せの帯一筋――価(あたい)はいくらくらいだ」
「六円くらいでしょう」
「生意気に高い帯をしめてるな。今度から一円五十銭くらいのにしておけ」
「そんな帯があるものですか。それだからあなたは不人情だと云うんです。女房なんどは、どんな汚ない風をしていても、自分さい宜(よ)けりゃ、構わないんでしょう」
「まあいいや、それから何だ」
「糸織(いとおり)の羽織です、あれは河野(こうの)の叔母さんの形身(かたみ)にもらったんで、同じ糸織でも今の糸織とは、たちが違います」
「そんな講釈は聞かんでもいい。値段はい
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